Thursday, March 15, 2012

記者の目:震災1年 全国最多の「原発地域」若狭湾=柳楽未来(福井支局敦賀駐在)


 ◆柳楽(なぎら)未来

 ◇脱原発後の地域の具体像示せ

 福島第1原発事故直後の昨年3月下旬、全国最多の原発14基が立地する福井県の若狭湾岸に赴任した。先月21日で14基全てが停止するまで、関西の消費電力の半分を供給した地域だ。全国的に原発への逆風が強まるなか、地元では原発維持を望む声が圧倒的に強い。脱原発を求める地元の市民団体も、将来の町づくりを視野に「現実路線」を模索し始めた。だが、原発維持を望む声を単純に「雇用や交付金などの“原発マネー”目当て」と見ると、原発を巡る議論は止まってしまう。「原発維持」を望む背景には、脱原発後の地域の姿が描けない現状があることを知ってほしい。

 ◇財政規模巨大化、繁栄の光景なく

 同県美浜町中心部から約10キロ、関西電力美浜原発からは約1キロ。同町竹波地区には、主に原発作業員を泊める民宿が点在する。初めて訪れた時、円柱形の原子炉3基が海を挟んですぐ目の前に見え、その、あまりの存在感の大きさに驚いた。農業を営む元町議の山本善昭さん(75)は「民宿には作業員が泊まり、若者は電力会社に就職した。ここはへき地だったが、原発のおかげで地域が発展した」と話す。
 赴任まで、原発がある「立地自治体」には「原発マネーで潤う地域」というイメージがあった。確かに、巨額の交付金で町の財政は巨大化し、美浜町中心部には総工費約27億円の美浜町役場もできた。だが、竹波地区が栄えているようには見えない。地区と町中心部を結ぶ片側1車線の県道は、土砂崩れで頻繁に通行止めになる。原発事故時に一時避難場所となる公民館は地区で唯一の鉄筋造りだが、老朽化し耐震工事もされていない。高齢者が多く、集落の風景は他の過疎地と変わらない。町全体の人口もこの40年で約2割減少した。
 原発で本当に地域は発展したのか。山本さんは「確かに人口は減った。果たして原発が地域振興の起爆剤になったのかという思いはある」と複雑な胸中を語った。
 政府は1月、「原発の寿命」を40年とする原則を打ち出した。厳格に適用されれば、美浜町の原発3基は5年以内に廃炉になる。原発関連の交付金や雇用が多い同町にとっては、町のあり方を変えざるを得ない状況だ。だが、新たな地域の姿を模索する動きはほとんどなく、「原発維持」を求める姿勢は変わらない。
 「原発がある不安、なくなる不安の両面がある」。1月、関電と地元の懇談会で、住民側は福島の事故後の複雑な心境を吐露した。福島では、田畑にも放射性物質が飛来し、農業が甚大な被害を受けた。懇談会に参加した地元農協の代表は原発の危険性に不安を示しながらも、「農業所得の少ない町だから、農家の30%は原発に働きに出ている。できるだけ原発を再稼働してほしい」と訴えた。

 ◇温度差広がる都市部と地元

 今、都市部を中心に脱原発を求める署名活動が広がり、そこでは、数百万人分の署名が集まる。一方、立地地域での動きは低調だ。地元で取材をしていると「原発は怖いが、親族や近所に原発関連の仕事をしている人が多く、脱原発とは言いにくい」という声もよく聞く。美浜原発1号機の運転開始から40年あまり。原発は人々の暮らしに密接に結びついてきた。脱原発が実現しても、原発の施設そのものや、原発と暮らしとの結びつきがすぐ消せるわけではない。原発から出た使用済み核燃料も敷地内に残る。「脱原発」という理念だけでは、都市部と地元との温度差は広がる一方だ。
 脱原発を目指して活動を続ける美浜町の市民団体「森と暮らすどんぐり倶楽部」代表の松下照幸さん(63)は今年に入り、現実路線を模索し始めた。原発を増設せず、使用済み核燃料を町内で20~30年保管し、地域の雇用につなげる案を識者らと協議中だ。5月までに政策としてまとめ、町長に提案する計画だ。
 長年、原発の危険性を指摘してきた松下さんにとっては苦渋の決断だ。他の原発反対派からの批判もあるという。だが、「突然、原発が無くなったらこの町がどうなるのか。原発に代わる具体的で現実的な政策を提案すれば、ゆるやかに地域は変われるはずだ」と話す。
 福島原発事故で、私たちは原発の危険性をまざまざと見せつけられた。今年は、原発とどう向き合っていくのか、国民的議論が求められる年になる。議論にあたって国は、脱原発後の立地地域の具体像を示すべきだ。それがあれば、原発の立地地域と原発が生む電気の消費地(都市部)が同じ土俵に上がれる。その場合、将来の日本のエネルギーのあり方について議論するのも、それほど難しくなくなるだろう。
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毎日新聞 2012年3月15日 東京朝刊

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