Saturday, July 30, 2011

30/07 天声人語

2011年7月30日(土)付

 美と醜、そして明と暗。同じ仲間なのに、蝶(ちょう)と蛾(が)の印象には天地の差がある。蛾を気の毒がるのも思い上がりだろう。蝶のように捕獲されず、疎まれるだけの身は幸せかもしれない。地味な昆虫にも一つ、華々しい過去がある▼50年前のきょう、映画「モスラ」が公開された。核実験で死んだ南海の孤島。平穏を奪われた原住民の恨みを、島の守護神モスラが晴らす。蛾の姿をした「良い怪獣」が初めてなら、少数民族を絡めた物語も異色だった▼東宝の依頼で原作を練ったのは、中村真一郎、福永武彦、堀田善衛の文学者3人。「栄冠は君に輝く」の古関裕而(ゆうじ)が音楽を担当した。主人公の新聞記者をフランキー堺が演じたほか、香川京子、上原謙、志村喬と俳優も豪華版だ▼モスラを呼べる双子の小妖精(ザ・ピーナッツ)は島からさらわれ、東京で見せ物になる。白人興行師は口上で、現代の神秘と幻想を訴えた。「今は原子力の時代になりました。でも……」▼怪獣映画の祖「ゴジラ」は、核の恐怖がモチーフだった。米の水爆実験で日本漁船が被曝(ひばく)した年である。以来、モスラが銀幕を舞うまでの7年間に、原子力の平和利用が喧伝(けんでん)された。作中、妖精のテレパシーを遮る覆いも「原子炉に使う合成物質」だ▼広島と長崎、第五福竜丸の経験ゆえに、平和利用は甘く響いた。新聞は「原子の火」をはやし、反核運動も安全神話に切り込まない。かくて半世紀が過ぎた。福島への原発誘致が決まったのは、まさにモスラの年である。

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