Saturday, June 18, 2011

18/06 余録:客を集めて豪遊中の紀伊国屋文左衛門が初ガツオを…

 客を集めて豪遊中の紀伊国屋文左衛門が初ガツオを食べさせるという。使いの者は数本のカツオを手に入れたが、1本だけを紀文に渡してあとは隠した。後で知った紀文が使いの者をなじると、その男「初物は少しの方が数段うまく感じます」▲紀文すかさず男に50両のほうびを与えたという話だ。このころの人々の初ガツオへのこだわりはただごとでない。金持ち、庶民はもちろん、幕府も「初鰹(はつがつお)入着の節は幕府へ御届けの上、之(これ)を納む。幕府に注進せざる内は市中に販売なす事を禁ず」と魚市場に命じた▲だが気の短い江戸っ子は黙って待っていない。舟を出して、鎌倉沖から初ガツオを急送してくる舟を待ち構え、小判を振りかざして将軍様より先にカツオを手に入れた。労力にも金にも糸目をつけぬ筋金入りの初物好きだ▲江戸っ子が初ガツオに熱狂したのは元禄から天明の約100年間といわれる。だが、そんな時代にもまして切実にカツオの初水揚げを待つのが震災で打撃を受けた宮城県の気仙沼港という。街中が期待する漁港再開と初水揚げだが今はカツオの群れを待つ状態という▲14年連続生鮮カツオの水揚げが全国一だった気仙沼港とあって、漁業や地域復興のシンボルとなる水揚げ再開だ。今月中旬の初水揚げを目指して魚市場の復旧が進められたが、肝心の漁場にカツオが来るのが遅れている。今後は魚の動きを見ながらの漁港再開となる▲全国の漁船も気仙沼への水揚げに協力し、復興を後押しする今年のカツオ漁である。当面の水揚げ予想は例年に及ばぬが、とりあえず量より心意気という点も江戸の初ガツオにあやかりたい。
毎日新聞 2011年6月18日 東京朝刊

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