Thursday, June 16, 2011

16/06 余録:「夫れ兵の形は水に象る」…

 「夫(そ)れ兵の形は水に象(かたど)る」--そもそも軍の形は水の姿を理想とするという古代中国の兵法書「孫子」の言葉だ。水は高いところから低いところに流れる。同じく軍は敵が強固に守るところを避け、手薄なところを攻めるべきだという▲思えば水も軍も、決まった形というものがない。その時の相手に応じて巧みに形を変え、勝ちを収めるわけである。戦場のみならず、先の予測が難しい危機管理に臨む人にとっても兵法書からくみ取るべき教訓は多かろう▲ならば今直面するのは、「水」という最強の敵との戦いといえる。福島第1原発安定化の最大の課題である高濃度放射性汚染水の浄化作業が始まる。すでに準備中から水漏れや水が流れなくなる予想外のトラブルが続発し、汚染水は人間の弱点を容赦なく突いてくる▲これまで一部が海に流出し、地下水への漏出も懸念される原発施設内の汚染水である。すでに10万トンを超える水は原子炉冷却のための注入で新たに増え続けており、今月下旬には地表や海にあふれ出る恐れも出てきた。そんな中での汚染水浄化システムの稼働である▲米社と仏社製の装置が本格稼働すれば1日1200トンの汚染水の放射線レベルを最大1万分の1程度に減らせるという。浄化された水を再び冷却に用いるというのが工程表のシナリオだ。もし計画に何か人の気づかぬ亀裂が潜んでいれば、水はすぐそこに浸入しよう▲ここに来て現場では被ばく限度を超えた作業員が相次いで見つかった。そこにも甘い判断で見逃された穴はなかったか。事故収束の前線に立つ人々の健康管理についても漏れる水があってはならない。
毎日新聞 2011年6月16日 東京朝刊

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