Tuesday, August 2, 2011

02/08 天声人語

2011年8月2日(火)付

 欧州では「ゆっくり行く者が遠くまで行く」と言うそうだ。わが方は「急(せ)いては事を仕損ずる」である。高速列車が脱線転落して10日、中国政府は東西の格言に挑むかの性急さで、事故を終わった話にしたいらしい▼たちまち運転が再開され、原因究明はおぼつかない。遺族は平均年収の30倍という賠償金を示され、国内メディアは独自の報道や評論を禁じられた。国家事業の高速鉄道を、長々と滞らせぬ決意とみえる。国策という巨岩は、民のしかばねを越えて転がり続ける▼国外にも累が及ぶ原発をこの調子で造られては困るが、原子力については日本でも、国策の暴走がまさに問われている。なにしろ監視役の原子力安全・保安院が、原発を推し進める黒衣だったというのだから▼保安院に頼まれ、電力会社はシンポジウムに社員を動員したり、住民に「模範質問」をさせたりした。公が手を染めた点で、佐賀県知事が九州電力に促した形の「やらせメール」と同じ罪深さだ▼そもそも、原発推進の経産省に保安院がぶら下がる構造がおかしい。アクセルの横に、ブレーキの形をした別のアクセルがある。そんな欠陥車は、名ばかりのガードレールを突き破るしかなかった▼かの国のように、世界をあんぐりさせて強権を振り回すだけが国家統制ではない。安全神話を創作したのは、より洗練された隠微な世論誘導だ。ブレーキ役になれなかった反省を糧にし、メディアの責任を全うしたい。皆で原発から「遠くまで行く」ために。

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