Friday, July 29, 2011

29/07 天声人語

2011年7月29日(金)付

 近所の図書館へと続く道、ブロック塀に据えたプランターに小ぶりのナスが実っていた。艶(つや)やかな紫紺の肌は、夏空を映して涼しげだ。見た目ばかりか、多くの夏野菜には体を内側から冷やす力が宿るという▼変化に富んだ国土はありがたく、津々浦々、夏には夏の郷土料理がある。山形の「だし」もその一つだ。キュウリにナス、ミョウガ、大葉、昆布あたりを細かく刻み、しょうゆなどで和(あ)えて飯や豆腐にかける。料理というより生ふりかけか▼もともとは農繁期の簡便なおかずで、家庭ごと味が違うらしい。山形県出身の児童文学者、国分一太郎は「食べると、トントンと刻んでいる祖母や母を思い、故郷にへその緒がつながっている思いになる」と書いている▼自分で作ろうかとも思ったが、銀座の「おいしい山形プラザ」で出来合いを求め、夕食のご飯にまぶした。やや濃いめの味つけながら、かむほどに夏の香が弾(はじ)け、食欲がわく。おなかもひんやりした▼〈水桶(みずおけ)にうなづきあふや瓜茄子(うりなすび)〉蕪村。初会での意気投合を、戯れる野菜に例えた句だという。由来はともかく、涼感あふれる暑中の一景が目に浮かぶ。井戸水だろうか、放り込まれた冷水の中、ぷかぷかと挨拶(あいさつ)を交わす緑と紫が鮮やかだ▼節電が季語の格をまとうこの夏、私たちに求められるのは、野菜ひとつに涼しさを覚える感性かもしれない。何代か前までの日本人に、あまねく備わっていた技である。網戸、泉、打ち水。探せば、五十音のそれぞれに涼が潜む。

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