2011年7月28日(木)付
一枚3千円のすき焼き肉とはどんな味か。東海林さだおさんが週刊朝日の人気連載で報告したことがある。割り下と生卵にまみれた一枚を、読者のお怒り覚悟ですすり込む。「やわらかいというより、モチモチしている……そしてノド越しがいい」。一頭2千万円の松阪牛だった▼和牛は高級肉の代名詞。産地を冠した「○○牛」ともなれば高級感はいや増す。食感と値段の何割かは地名の功だろう。片や牛丼店や家庭では、国名のみで語られる輸入肉が活躍する。内高外低が牛肉の秩序である▼ところが和牛離れだという。原発事故の放射性物質が稲わらを汚染し、食べた約3千頭が沖縄県以外に流通したためだ。こうなると「匿名」の国産牛には手が伸びにくい▼問題の肉は業界団体が買い上げるか、冷凍保管されるという。費用は東電に請求する。だが追跡はままならず、消費者の不安は収まりそうにない。出荷の自粛は広がるわ、値は下がるわで、畜産農家は泣くばかり。傷ついたブランドもある▼放射線の害毒はつかみどころがない。内閣府の食品安全委は「悪影響が出るのは生涯累積で100ミリシーベルト以上」とするが、以下なら安全という意味でもないらしい。そもそも日々の被曝(ひばく)量を知るすべがない▼「直ちに影響せず」と言われても、幼子の将来にわずかでも影が差すのは忍びない。そんな親心は、政府の説明より漠たる不安に従い、国産から輸入、牛から豚へとさまよう。この巻き添え被害、風評と括(くく)るには重い。
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