Saturday, April 23, 2011

20/04 余録:歩くという単純な行動も水の中では…

 歩くという単純な行動も水の中では思い通りにならない。戦場での行動を重い液体の中での運動にたとえたのは、先日も小欄で引いたクラウゼビッツの「戦争論」だ。敵情が分からない戦場では思わぬ事態が次々に予定された行動を阻む▲あらかじめ考え抜いた必勝の戦術も、不確実性が液体のように満ちた戦場では必ず齟齬(そご)をきたし、もくろみは狂ってしまう。似た状況は戦争だけに限らない。およそ平時には予想できなかった深刻な危機にあって、物事は人間の思い通りに運ばないのが世の常である▲目標は遠いが、はっきりしている。そこに至るおおまかな道筋はようやく描かれた。だが、まとわりつく不確実性はその歩みを妨げようとする……福島第1原発事故の収束に向けて示された原子炉安定化の工程表のことだ▲東京電力はきのう2号機から出た高濃度の汚染水を貯蔵施設に送る作業を始めた。まずは一歩である。だが、その前日には4号機の建屋地下の水深20センチと見られた汚染水の深さが実は5メートルだったことが判明した。前に踏み出す足にまとわりつく予想外の展開である▲原子炉安定までの「6~9カ月」は避難を強いられている住民には気の遠くなるほど長かろう。だが専門家の多くはむしろ工程表の見通しは甘いともいう。一刻も早い収束は至上命令だが、不測の事態続発も覚悟せねばならぬ人類未踏の原発災害収拾の道のりである▲ここはまとわりつく不確実性を封じる周到な情報収集と、思わぬ変事への機敏な対応が求められる現場だ。また社会的な不確実性を封じる方策も忘れてはならない。国民への徹底した情報公開である。

毎日新聞 2011年4月20日 東京朝刊

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