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Sunday, October 9, 2011

09/10 VOX POPULI: Steve Jobs will continue to inspire young people

Vox Populi, Vox Dei is a daily column that runs on Page 1 of the vernacular Asahi Shimbun.

2011/10/09

A pithy poem by Michio Mado, titled "Chigai Kurabe" (Comparing the difference), goes: "Haka (graves) are for the dead/ Baka (foolishness) is for the living."

"Baka" is a versatile word. Calling someone "baka" is an insult, but the word can also be used to express one's warm affection for the person. I believe Mado used it in the latter sense in his poem, as a tribute to humanity.


Thursday, October 6, 2011

06/10 VOX POPULI: Mankind stands better chance by going back to basics

Vox Populi, Vox Dei is a daily column that runs on Page 1 of the vernacular Asahi Shimbun.

2011/10/06

In Japan, the anniversaries of the death of famous literary figures often have names associated with their works. In the case of Ryunosuke Akutagawa (1892-1927), it is called Kappa-ki. For Shiki Masaoka (1867-1902), it is known as Hechima-ki. (Kappa is an imaginary creature that lives in rivers and hechima is loofah, a plant used to make sponge.)

Remon-ki, the death anniversary of Motojiro Kajii (1901-1932), is named after "Remon" (Lemon), the title of his novel. Oct. 5 is another Lemon-ki, the anniversary of the death of Chieko Takamura (1886-1938).

Saturday, October 1, 2011

25/09 天声人語

2011年9月25日(日)付

 あまり言われることもないようだが、佐藤栄作氏は20世紀生まれ初の総理大臣だった。「戦後生まれ初」は安倍晋三さんである。そこで野田さんだが、日本の国連加盟後に生まれた初の首相、と相成る▼日本は1956(昭和31)年、悲願の国連加盟を果たして国際舞台に復帰した。手間取ったのは、ソ連の度重なる拒否権行使で申請が葬られたからだ。ようやく加盟がかない、重光葵(まもる)外相の総会演説が大きな拍手に包まれたのは、今も語りぐさだ▼時は流れて、そんな歴史も思い起こすパレスチナの国連加盟申請である。自治政府のアッバス議長は総会で「パレスチナの春を」と訴えた。拍手喝采は、応酬するイスラエル首相の演説の影を薄くした。困ったのは米国である▼申請はまず安保理に付託されるが、イスラエル寄りの米国は拒否権の行使を明言している。これをサルコジ仏大統領は「中東で暴力の連鎖を生む恐れがある」と批判する。同じ懸念を抱く指導者は少なくはあるまい▼米国はこれまで、イスラエルに不利な採決に拒否権を連発してきた。安保理の常任理事国5カ国だけが持つ伝家の宝刀だが、今回は問題が大きい。抜けば副作用もあろう。安保理は当面、緊張のうちに駆け引きが続く▼そうして波立つ国連から野田首相は戻ったが、国際社会に存在感を示せただろうか。あれこれ苛立(いらだ)つ米国に普天間問題の「結果」を催促された印象ばかりが残る。回転扉と揶揄(やゆ)される1年交代のツケはやはり、つくづくと大きい。

Wednesday, September 28, 2011

28/09 天声人語

11年9月28日(水)付

 「とにかく時間の中は動けやしないさ。現在の瞬間からは逃れられないよ」「そこが君の間違っている点だ」。SFの巨人ウェルズの短編「タイム・マシン」(橋本槙矩〈まきのり〉訳、岩波文庫)から引いた。発表は1895年。時間旅行を、神秘ではなく科学で料理した快作とされる▼10年後、本物の科学が、光速を超す物質はない、時間はさかのぼれないと示すことになる。若きアインシュタインの相対性理論だ。かくて夢の機械は空想の世界に封じられた▼ところが、である。ニュートリノなる素粒子が光より速いと報告された。スイスの加速器から飛ばして、イタリアの検出器に届く時間を繰り返し測ったところ、どうやっても1億分の6秒早かったという。速度では光を0.0025%上回る▼本当なら、あらゆる分野で検証されてきたアインシュタインの偉業、現代物理学の土台が揺らぐ大事である。だから計測誤差とみる向きも多い。研究チームも担当者を変えて確かめるらしい▼「行けるなら未来か過去か」「やり直すとしたら×歳から」「10年前の自分に伝言を」。罪がない設問で遊べるのは、時間旅行が現実離れしているからこそだ。このまま夢にとどまってほしいやら、光に先回りして未来からわが間抜け面を眺めてみたいやら、心は乱れる▼宇宙の始まりや果てを思い詰め、自らの存在を問うた夜もあった。戻るならあの年頃がいい。今年のいつかということであれば、迷わず3月11日の朝に飛ぶ。ハンドマイクを携えて。

Tuesday, September 27, 2011

天声人語 2011年9月27日(火)付

 ごつい鉄扉の前で、石川知裕衆院議員は一つ深呼吸をしたそうだ。昨秋、逮捕から9カ月ぶりに小沢一郎氏と再会した時の様子が自著にある。小沢邸の茶の間、ちゃんちゃんこ姿の主は右手を上げて「おー」と言っただけだった▼鉄板を貼られたような「懐かしい緊張」の中、「無罪を勝ち取ります」と意気込んでも小沢氏は表情を崩さない。そして帰り際に、「お互い、裁判がんばるしかないな」と声をかけられたという。氏の関心はすでに、自身の強制起訴にあったらしい▼石川議員ら元秘書3人の裁判は、小沢氏にとって、オール検察との政治闘争の一部といえる。全員が有罪の東京地裁判決は、一審とはいえ眉間(みけん)への三太刀に値しよう。「おー」と突き放してはいられない▼大勢の秘書を雇い、周囲に高い石垣、深い堀を巡らす小沢氏である。億単位で動く政治資金は、石川議員が法廷で口ごもった通り、透明度を欠く。小沢事務所の「天の声」をおそれ、裏金を貢ぐ建設会社。判決は癒着ぶりを処断した▼来週には、城主自らの初公判が控える。どう「がんばる」にせよ、国会で説明を避けたあまたの疑問に答えてほしい。無口や無表情が政治家のすごみになる時代ではないし、国民も納得しまい▼その人は与党内で、時の首相とは別の権力を振るう。焦点が二つある「楕円(だえん)の政権」が、この難局にうまく転がるはずもない。小沢氏はひとまず一線を退くべきだ。氏を説き伏せ、「おー」と言わせる側近はいそうにないけれど。

Monday, September 26, 2011

26/09 天声人語

2011年9月26日(月)付

 難読言葉の一つで就職試験にもよく出る「案山子」を「あなご」と迷答した大学生がいたそうだ。正しくは「かかし」。秋の田の守り神である。その立ち姿を眺めながら、首都圏近くで借りている棚田の稲を刈った▼遠く近くに案山子の見える風景は、田舎育ちの郷愁を誘う。直立あり、やや斜めの御仁あり。「へのへのもへ」の顔つきも懐かしい。〈某(それがし)は案山子にて候雀(すずめ)どの〉。漱石の句など思い出し、とぼけた味わいに頬がゆるむ▼稲は黄金に色づいて、ざくざく鎌を動かせばバッタが逃げていく。いつもの年と変わらない。だが、この秋はやはり「放射能」の一語が頭をかすめていく。東日本の稲作農家の気のもみようは、いかばかりかと思う▼これまで検査を終えた9割以上で放射性物質は検出されず、数値が出ても国の基準値以下だと報じられていた。ところが先日、福島県の1カ所で収穫前の予備検査の基準値を超えた。にわかに緊張が走り、風評の被害を農家は案じる▼今年は原発禍で作付けの出来なかった田も多い。ある農家は飛来したツバメのために水だけ張ったそうだ。「田んぼに泥がなきゃ、巣を作んの難しいんでねえか」と。「田に水入れっと、いろんな生き物が来た。生態系だな」。優しさゆえに切なさが募る▼山田の案山子に戻れば、そのルーツらしきは「古事記」にも登場するそうだ。「足は行かねど、天の下の事を知れる神」だという。太古のまなざしで、人智(じんち)の招いた禍(わざわい)を何と見ていることだろうか。

Saturday, September 24, 2011

天声人語 2011年9月24日(土)付

 近所の桜並木できのう、恒例の「健康診断」があった。先の台風が葉をさらったが、倒木や大きな枝落ちはない。老木たち「かかりつけ」の樹木医氏によると、街路樹を風から守るにはまず根を保護すること、危なければ風を通す枝切りが要るそうだ▼激しい雨風は列島に秋を置いていった。しつこい残暑が去り、いわし雲の空は水彩の妙。〈夕焼けてサーファー赤き波に乗る〉田島もり。そんな夏の残像は、朝夕の涼にあせてゆく▼けれど今年は、夏ばてが尾を引く「秋ばて」に要注意らしい。思えば、節電でわが身に無理をさせた。冷たい物を引き受けた胃腸は弱っている。大地震がまた来るというストレスも、通奏低音のごとく心身に響くという▼ならば火照る体を冷まし、乾いた心を潤そう。暑くも、寒くもない。春のような慌ただしさや、期待と落胆の山谷も少ない。私見だが、胸中の寒暖計が最も安定する数十日である▼〈たそがれは風を止めて/ちぎれた雲はまた/ひとつになる〉。オフコースの佳曲「秋の気配」で、小田和正さんは男女の別離を生地横浜の風景に重ねた。淡い喪失感は、秋が持つ別の味だ。〈大いなる河のように/時は流れ/戻るすべもない〉▼この彼岸、東北ではどれほどの人が真新しい遺影に手を合わせただろう。乱れたままのお墓も多い。流れる月日に抗し、亡き人の面影は濃くなるばかりかとお察しする。あれから三つ目の季節である。すっきりと晴れ渡る千金の、一日一日を大切に送りたい。

Friday, September 23, 2011

天声人語 2011年9月23日(金)付

 プロゴルファーの有村智恵さん(23)が7月、アルバトロスとホールインワンを1日でやってのけた。前者は1ホールを規定より3打少なく終える夢のスコア、後者は1打で入れる離れ業だ。過去10年、女子ツアーでの達成はそれぞれ5回、150回だった▼単純計算すると、同じラウンド(18ホール)で両方やる確率は、プロでさえ約1千万ラウンドに1回という。それでも、起きる時には起きる。ご本人は「怖いくらい」と話していた▼この偉業を思い出させたのは、きょうにも落ちてくるという米国の人工衛星だ。破片が人間に当たる確率は3200分の1だとか。グリーン上の奇跡に比べ、それこそ「怖いくらい」の高確率である▼落下するのは20年前に打ち上げられた大気観測衛星。大気圏への突入時にほぼ燃え尽きるが、米航空宇宙局(NASA)によると、26個の金属片、計532キロ分が800キロ四方の範囲に降るらしい▼ニュースの主になりうるのは北緯57度~南緯57度にいる人で、大抵の国が含まれる。ただ、場所の絞り込みは直前でも難しいそうだ。数十億人の中の不運な誰かが、私(あなた)である確率は21兆分の1というから、むやみに頭上を気にしても仕方がない▼かの衛星には功績もある。オゾン層破壊の元凶が人の手で作るフロンガスだと、はるか天空で確認してくれた。南極上空などに開いたオゾンホールからは、皮膚がんを誘発する紫外線が降り注ぐ。秋分の空を仰いで気をもむべきは、こちらだろう。

Thursday, September 22, 2011

天声人語 2011年9月22日(木)付

 東京・銀座の真ん中で、街路樹のケヤキが歩道をふさいでいた。長さ10メートルほど、端の太さは40センチ。二股の幹の片方が折れたらしい。現場でチェーンソーがうなる。猛(たけ)る風雨に、すました街も一変した▼不意に揺れる大地も怖いが、にじり寄る台風も恐ろしい。沖縄の手前でゆるりと輪を描いていた15号は、我に返ったように勢いを増し、秋台風らしい速さで列島を縦断した▼帰宅ラッシュに重なった首都圏では交通網が乱れ、家路を断たれた群衆が駅に道路にあふれた。先の12号が残した紀伊半島の土砂ダムには一部決壊の情報がある。「先輩」が仕込んだ爆薬に15号が点火した形だ。震災の被災地にも、暴風雨は容赦なかった▼きのうは、1959(昭和34)年の15号、すなわち伊勢湾台風が発生した日でもある。東海地方で育ったせいか、小学校の授業でそう教わった。わが誕生日と同じかと落ち込みながら、大きな台風は9月半ばから実りの秋を襲う、と銘じたものだ。まだ気は抜けない▼海から空からと、水難の年である。各地の古老に「生まれて初めて」と言われては寄る辺ない。なるほど、文明のはるか前から独自の営みを重ねる自然は侮れない。だが人間には、悔し涙で綴(つづ)った教訓の束がある▼悪条件が重なると大災害になるが、一つでも除けば災害の規模は一けた小さくできる。お天気博士、倉嶋厚さんの教えである。猛威をかわすため、津々浦々に刻まれた爪痕をくまなく探り、次に消し去るべき条件を拾い集めよう。

Wednesday, September 21, 2011

天声人語 2011年9月21日(水)付印刷

 花火は遠いのに限ると書いたのは、独文学者の高橋義孝さんだ。両国の川開きの夕、師と仰ぐ内田百けん(けんは門がまえの中に月)宅に招かれた折のこと、なぜか障子がぴたりと閉めてある。酒の合間の短い沈黙を狙ったように、トントントトーンときた▼その趣に打たれた高橋さんは、見えるが音なしの遠花火にも触れる。「郊外の畑の向(むこ)うの、はるかかなたの夜空に、ぱっと拡(ひろ)がる花火も味のあるものだ」と。欠けた情報を心で補う時、想像の大輪はしばしば現実を超える▼さて、想像力が過ぎるのも考えもので、愛知県日進(にっしん)市の花火大会で福島製の花火だけが外されたという。「放射能をまき散らす」などの苦情が、復興を後押しする催しに水を差した▼花火工場の放射線は十分に弱く、品は屋内に置かれていた。漠たる不安への感度はそれぞれだろうが、これはもう風評被害というほかない。一部の異論に折れた主催者に、情けない思いを抱いた市民も多かろう▼とはいえ、やれば叱られ、やらねば叩(たた)かれ、どちらにしても角が立つ。これでは自治体も、福島を応援する企画に二の足を踏むことになる。被災地を支える決意と、心配を丁寧に取り除く気配りが、これまで以上に求められる▼朝日歌壇に、京都から鮮烈な一首が届いた。〈桃買うを迷いてポップ確認す「福島」とあり迷わずに買う〉中野由美子。手書き広告の産地名に店の心意気を感じ、思わず手に取る人がいる。被災地の産品を気負いなく買える日まで、絆を欲する遠花火に耳を澄ましたい。

Tuesday, August 2, 2011

02/08 天声人語

2011年8月2日(火)付

 欧州では「ゆっくり行く者が遠くまで行く」と言うそうだ。わが方は「急(せ)いては事を仕損ずる」である。高速列車が脱線転落して10日、中国政府は東西の格言に挑むかの性急さで、事故を終わった話にしたいらしい▼たちまち運転が再開され、原因究明はおぼつかない。遺族は平均年収の30倍という賠償金を示され、国内メディアは独自の報道や評論を禁じられた。国家事業の高速鉄道を、長々と滞らせぬ決意とみえる。国策という巨岩は、民のしかばねを越えて転がり続ける▼国外にも累が及ぶ原発をこの調子で造られては困るが、原子力については日本でも、国策の暴走がまさに問われている。なにしろ監視役の原子力安全・保安院が、原発を推し進める黒衣だったというのだから▼保安院に頼まれ、電力会社はシンポジウムに社員を動員したり、住民に「模範質問」をさせたりした。公が手を染めた点で、佐賀県知事が九州電力に促した形の「やらせメール」と同じ罪深さだ▼そもそも、原発推進の経産省に保安院がぶら下がる構造がおかしい。アクセルの横に、ブレーキの形をした別のアクセルがある。そんな欠陥車は、名ばかりのガードレールを突き破るしかなかった▼かの国のように、世界をあんぐりさせて強権を振り回すだけが国家統制ではない。安全神話を創作したのは、より洗練された隠微な世論誘導だ。ブレーキ役になれなかった反省を糧にし、メディアの責任を全うしたい。皆で原発から「遠くまで行く」ために。

Monday, August 1, 2011

01/08 天声人語

2011年8月1日(月)付

 競争相手のことを言う「ライバル」の語源がラテン語の「小川(rivus)」なのはよく知られる。元は「川の水をめぐって争う者」の意味という。古来、水がいかに貴重だったかの証しだろう▼恵みの雨は慈雨とも喜雨とも呼ばれる。だが天は往々に加減を失する。〈時により過ぐれば民のなげきなり八大龍王(はちだいりゅうおう)雨やめたまへ〉。大雨の被害が相次いだ建暦(けんりゃく)元年(1211年)夏、鎌倉幕府の若き将軍源実朝(さねとも)が仏に祈ってしたためた一首だ。そして、800年を経た今年も災いは繰り返された▼新潟と福島の記録的な豪雨では、40万もの人に避難指示や勧告が出た。川は濁流となって猛(たけ)り、亡くなった人もいる。予報技術は進んだが、人の意が天に及ばないのは昔と変わらない▼日本の水はゆたかで、世界平均の倍の雨が降る。しかし、その多くが梅雨や台風でもたらされるのが泣きどころだ。夏出水(でみず)、秋出水と季語にも言う。いわば水害と背中合わせの「ゆたかさ」であり、毎年どこかで痛手をこうむる▼片や世界に目を向ければ、深刻な干ばつの大地がある。アフリカのソマリアでは370万人が飢餓状態だと記事にあった。小さく細る子が痛々しい。夕立の雲をあげたいものだが、縄で縛って連れても行けない▼実朝の歌中の八大龍王は水や雨をつかさどる神を言う。温暖化する地球はいま、強い雨がより狭い地域で降る一方、降らない地域が広がる傾向にあるそうだ。気候変動にも思いをはせたい、きょうは「水の日」である。

Sunday, July 31, 2011

31/07 VOX POPULI: Volatile weather reminds us that our time on Earth is fleeting

Vox Populi, Vox Dei is a daily column that runs on Page 1 of the vernacular Asahi Shimbun.

2011/08/02

From the old times, the gleaming white shafts of rain showers on a summer afternoon have been likened to "silver bamboos" or "silver arrows." The end of the "tsuyu" rainy season brought a brutal heat wave, but later the nation experienced severe thunderstorms and torrential rains. Below are some comments made during July.

Three senior high schools in Fukushima Prefecture formed a joint baseball team because some members of their respective teams had transferred to other schools. The joint team played in a prefectural tournament and lost its first game 8-1, managing to score their single run in the last inning.

Coach Yoshihiro Hattori, 52, told the players: "There may be tough times ahead, but you are all going to do fine. You've proved it by scoring that one run."

Kabuki actor Nakamura Kichiemon, 67, is to become a "living national treasure." Age enriches one as an artist but slows one down physically--a paradox Nakamura doesn't want to accept passively.

"My dream is to play Benkei in Kanjincho throughout the 25-day regular performance season at the age of 80," he said. "Unless you always aim higher, you keep sliding."

His dream is also the dream of all kabuki fans.

The Sanuma Police Station in Tome, Miyagi Prefecture, has distributed handmade yellow flags for senior citizens living in temporary housing to hang on their front doors when they need help.

"The flags aren't yellow ribbons of happiness, but we want to give the elderly the assurance that they are not alone," said Naoki Miyake, the station's district section chief.

Sociologist Chizuko Ueno, who recently retired from the University of Tokyo, noted in her final special lecture: "I'm glad that our society has so many really old members today. Even people who were once powerful and successful have to depend on someone else to live out their final years. It's a society that forces the powerful to imagine themselves becoming frail some day."

My heart ached when I read a prayer written on a strip of paper by a second-year girl student of an elementary school in Fukushima on the Tanabata Star Festival Day on July 7. The prayer was: "Please don't let me get cancer in the future." Kids should be making happy wishes to the stars. I pray their carefree days will return soon.

--The Asahi Shimbun, July 31

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31/07 天声人語

2011年7月31日(日)付

 夕立の雨脚は白く光り、古来「銀の竹」や「銀の矢」に見立てられてきた。梅雨明けの炎暑から一転し、雷鳴に驚き、豪雨への警戒が続く7月の言葉から▼転校などで野球部員が減った福島県の3高校が「相双連合」チームを組んで県大会に出た。初戦で1―8と敗れたが最後に得点して一矢を報いた。服部芳裕監督(52)は「この先、苦しいことが待っているかもしれない。でも、お前らはできる。最後の1点がそれを証明した」▼歌舞伎の中村吉右衛門さん(67)が人間国宝に。歳(とし)を重ね、精神が充実すれば体は衰える。そんな矛盾に抗(あらが)い、「80歳で本公演の25日間、勧進帳の弁慶を務めるのが夢。常に上を向き、高みを目指さねば落ちていく」。その夢は歌舞伎ファンの夢でもある▼困ったときは玄関に掲げて、と宮城県登米市の佐沼警察署が仮設住宅のお年寄りに手作りの黄色い旗を配った。「幸せの黄色いハンカチではないが、心の支えになりたい」と三宅直希・地域課長が言う▼東大を退職した社会学者上野千鶴子さんが特別(最終)講義。「超高齢化社会が来てよかったと思っている。かつて強者であった人も、最後には誰かに支えてもらわないと自分の生を全うできない。強者も、自分が弱者になる可能性を想像しなければならない社会だから」▼「しょう来、がんになりませんように」。七夕の短冊に福島の小2女児が書いた願いに胸が痛む。金銀砂子(すなご)の星々には、明るい願いこそ似合う。安らぐ日々が早く戻りますよう。

Saturday, July 30, 2011

30/07 天声人語

2011年7月30日(土)付

 美と醜、そして明と暗。同じ仲間なのに、蝶(ちょう)と蛾(が)の印象には天地の差がある。蛾を気の毒がるのも思い上がりだろう。蝶のように捕獲されず、疎まれるだけの身は幸せかもしれない。地味な昆虫にも一つ、華々しい過去がある▼50年前のきょう、映画「モスラ」が公開された。核実験で死んだ南海の孤島。平穏を奪われた原住民の恨みを、島の守護神モスラが晴らす。蛾の姿をした「良い怪獣」が初めてなら、少数民族を絡めた物語も異色だった▼東宝の依頼で原作を練ったのは、中村真一郎、福永武彦、堀田善衛の文学者3人。「栄冠は君に輝く」の古関裕而(ゆうじ)が音楽を担当した。主人公の新聞記者をフランキー堺が演じたほか、香川京子、上原謙、志村喬と俳優も豪華版だ▼モスラを呼べる双子の小妖精(ザ・ピーナッツ)は島からさらわれ、東京で見せ物になる。白人興行師は口上で、現代の神秘と幻想を訴えた。「今は原子力の時代になりました。でも……」▼怪獣映画の祖「ゴジラ」は、核の恐怖がモチーフだった。米の水爆実験で日本漁船が被曝(ひばく)した年である。以来、モスラが銀幕を舞うまでの7年間に、原子力の平和利用が喧伝(けんでん)された。作中、妖精のテレパシーを遮る覆いも「原子炉に使う合成物質」だ▼広島と長崎、第五福竜丸の経験ゆえに、平和利用は甘く響いた。新聞は「原子の火」をはやし、反核運動も安全神話に切り込まない。かくて半世紀が過ぎた。福島への原発誘致が決まったのは、まさにモスラの年である。

Friday, July 29, 2011

29/07 天声人語

2011年7月29日(金)付

 近所の図書館へと続く道、ブロック塀に据えたプランターに小ぶりのナスが実っていた。艶(つや)やかな紫紺の肌は、夏空を映して涼しげだ。見た目ばかりか、多くの夏野菜には体を内側から冷やす力が宿るという▼変化に富んだ国土はありがたく、津々浦々、夏には夏の郷土料理がある。山形の「だし」もその一つだ。キュウリにナス、ミョウガ、大葉、昆布あたりを細かく刻み、しょうゆなどで和(あ)えて飯や豆腐にかける。料理というより生ふりかけか▼もともとは農繁期の簡便なおかずで、家庭ごと味が違うらしい。山形県出身の児童文学者、国分一太郎は「食べると、トントンと刻んでいる祖母や母を思い、故郷にへその緒がつながっている思いになる」と書いている▼自分で作ろうかとも思ったが、銀座の「おいしい山形プラザ」で出来合いを求め、夕食のご飯にまぶした。やや濃いめの味つけながら、かむほどに夏の香が弾(はじ)け、食欲がわく。おなかもひんやりした▼〈水桶(みずおけ)にうなづきあふや瓜茄子(うりなすび)〉蕪村。初会での意気投合を、戯れる野菜に例えた句だという。由来はともかく、涼感あふれる暑中の一景が目に浮かぶ。井戸水だろうか、放り込まれた冷水の中、ぷかぷかと挨拶(あいさつ)を交わす緑と紫が鮮やかだ▼節電が季語の格をまとうこの夏、私たちに求められるのは、野菜ひとつに涼しさを覚える感性かもしれない。何代か前までの日本人に、あまねく備わっていた技である。網戸、泉、打ち水。探せば、五十音のそれぞれに涼が潜む。

29/07 VOX POPULI: Radioactive beef fears too serious to dismiss as groundless rumors

Vox Populi, Vox Dei is a daily column that runs on Page 1 of the vernacular Asahi Shimbun.

2011/07/29PrintShare Article
What does sukiyaki beef costing 3,000 yen ($38) a slice taste like? Cartoonist Sadao Shoji once wrote about it in a popular column that runs in the weekly Shukan Asahi magazine. At the risk of annoying readers, he slurped a slice covered in sukiyaki sauce and raw egg. "It is more chewy than tender… and glides easily down the throat," he wrote. It was Matsusaka beef priced at 20 million yen a head.

Japanese beef, or "wagyu," is synonymous with high-class meat. When the beef is named after its place of origin, it sounds all the more classy. Place names must have much to do with the texture and price of beef. Meanwhile, imported beef with the name of the country of origin is more common in homes and in the "gyudon" restaurants that serve bowls of rice topped with beef. In the world of beef, domestic meat is more expensive than imports.

But I hear consumers are turning their backs on domestic beef. This is because beef from some 3,000 cattle that ate rice straw contaminated with radioactive cesium released by the crippled Fukushima No. 1 nuclear power plant was shipped to all prefectures except Okinawa Prefecture. In these circumstances, people are going to have a tendency to stay away from "anonymous" domestic beef.

According to reports, the beef in question will either be bought up by an industry association or put in frozen storage. The bill will be passed to Tokyo Electric Power Co., which operates the Fukushima plant. Tracing the contaminated beef is difficult and the anxiety of consumers shows no signs of abating. As moves to impose a voluntary ban on shipments spread and prices fell, livestock farmers had a really tough time. Some brands of beef have been damaged.

The damage caused by radiation is hard to pin down. The Cabinet Office's Food Safety Commission says "levels that produce harmful effects are 100 millisieverts or more in a lifetime total." But, apparently, this does not necessarily mean that less than that amount is safe. To begin with, we have no means to know the amount of daily radiation exposure.

Even though the government says eating contaminated beef "has no immediate effect" on health, parents cannot stand to think that it may affect their children's future, even by a small amount. Instead of accepting the government's explanation, parents, seized by undefined anxieties, are tending to choose imported beef over domestic beef and are shifting from beef to pork. The collateral damage is too serious to call these worries groundless rumors.

--The Asahi Shimbun, July 28

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Thursday, July 28, 2011

28/07 天声人語

2011年7月28日(木)付

 一枚3千円のすき焼き肉とはどんな味か。東海林さだおさんが週刊朝日の人気連載で報告したことがある。割り下と生卵にまみれた一枚を、読者のお怒り覚悟ですすり込む。「やわらかいというより、モチモチしている……そしてノド越しがいい」。一頭2千万円の松阪牛だった▼和牛は高級肉の代名詞。産地を冠した「○○牛」ともなれば高級感はいや増す。食感と値段の何割かは地名の功だろう。片や牛丼店や家庭では、国名のみで語られる輸入肉が活躍する。内高外低が牛肉の秩序である▼ところが和牛離れだという。原発事故の放射性物質が稲わらを汚染し、食べた約3千頭が沖縄県以外に流通したためだ。こうなると「匿名」の国産牛には手が伸びにくい▼問題の肉は業界団体が買い上げるか、冷凍保管されるという。費用は東電に請求する。だが追跡はままならず、消費者の不安は収まりそうにない。出荷の自粛は広がるわ、値は下がるわで、畜産農家は泣くばかり。傷ついたブランドもある▼放射線の害毒はつかみどころがない。内閣府の食品安全委は「悪影響が出るのは生涯累積で100ミリシーベルト以上」とするが、以下なら安全という意味でもないらしい。そもそも日々の被曝(ひばく)量を知るすべがない▼「直ちに影響せず」と言われても、幼子の将来にわずかでも影が差すのは忍びない。そんな親心は、政府の説明より漠たる不安に従い、国産から輸入、牛から豚へとさまよう。この巻き添え被害、風評と括(くく)るには重い。

Wednesday, July 27, 2011

27/07 天声人語

2011年7月27日(水)付

 なでしこが銀で終わっていたらと、記憶を「残り3分」に巻き戻す。沢さんの一撃が、岩清水さんの捨て身の守備がなければ1点差に泣いたと思う。PK戦には、佐々木監督の笑顔や海堀さんの冷静さが必要だった。どれを欠いても、今とは違う日本があった▼世界一の余韻の中で、響きも懐かしい「なでしこフィーバー」が続いている。代表選手は飾らぬ笑顔をテレビにさらし、親類や恩師、行きつけの飲食店が「知られざる素顔」を明かす。時の人である▼勝者を戒める言葉は多いが、彼女たちは心配なかろう。女性がサッカーを仕事にできる世の中こそがゴールで、国際試合での活躍はその手段と、皆が考えているらしい。喜ぶのはまだ早い、と▼幸い、国内リーグは大入りで再開された。沢さんら7人を代表に送るINAC(アイナック)(神戸)のホームは、空前の1万8千人で埋まった。ピッチ上のやりとりが声援にかき消される夢体験も、金(きん)ゆえだ▼今度は団体初の国民栄誉賞だという。「社会に明るい希望を与えていただいた」と官房長官。本来政府がすべきことをしてもらった、と聞こえる。政治利用の批判もあろうが、幸か不幸か、首相の不人気は賞でどうにかなる水準ではない▼社会が沸き、政治が追い、経済が動く。朝から元気をもらったお返しに、女子サッカーに幸あれと願う向きは多いだろう。その中から、試合に足を運び、娘にボールを蹴らせる人がどれほど出るか。「フランクフルトの奇跡」は、そこで評価が定まる。

Tuesday, July 26, 2011

26/07 天声人語

2011年7月26日(火)付

 日本の新聞は「愛国的」で、海外の事件事故をトップ級で伝えることは少ない。先週末、それが珍しく続いた。ノルウェーの連続テロ、中国高速鉄道の衝突事故だ。一報に接した印象は前者は「まさか」、後者は「やっぱり」だった▼乱射と爆破で約80人を殺害した容疑者の男(32)は、イスラム教に敵意を燃やす極右だという。ゆがんだ憎悪は、移民に寛容な現政権に向けられた。平和が薫る国での暴発は不気味だ▼列車事故も悲惨だが、テロほどの意外性はない。ざっくり言えば、メンツで急いだ高速化のツケ。発展の順序を踏まない、国家による「スピード違反」である。雷神の気まぐれで脱線するような代物に、人民を乗せてはいけない▼半世紀で新幹線網を整えた日本に対し、中国はその4倍を数年で敷いた。内外の技術を足し合わせる突貫工事がたたって、自慢の北京―上海間も故障続きという。「日本の技術を盗んでいないことが証明された」。自嘲と怒りがネット上にあふれる▼当局は現場検証もそこそこに、運転を再開させた。原因究明の鍵とおぼしき先頭車両は、運転席ごと埋めてしまった。汚職も絡み、強権体制の下で命を惜しむのは河清をまつがごとし。日本に生まれた幸運を思う▼無論、弱い政権で助かったという意味ではない。福島の原発事故が世界に急報された時、技術力を知る親日家の反応は「まさか」、脱原発派は「やはり」だった。両者は今、政治不在の中でもがく国民にそろって同情を寄せている。