Wednesday, May 11, 2011

11/05 余録:避難した地域住民の一時帰宅はチェルノブイリ原発事故でもあった…

避難した地域住民の一時帰宅はチェルノブイリ原発事故でもあった。着のみ着のままで避難した後、1度だけものを取りに家に戻る機会を得たのだ。ある記録者は記す。「人にとって何がいちばん大切かは後になって気づくものだ」▲人々が持ち出したのは豪華な家宝ではない。親しい人の写真、愛読した本、古い手紙、一見滑稽(こっけい)だが思い出のこもる小物などだった。「それらは深く個人的な世界、現在だけでなく、過去と未来に生きる人間の非常に傷つきやすい世界を作り上げる品々であった」▲ユーリー・シチェルバク著「チェルノブイリからの証言」からの抜粋である。福島第1原発の警戒区域からの一時避難は住民が永久的退去を強いられたチェルノブイリとは異なるが、厳重な被ばく管理の下で一時帰宅をする住民の心情には相通じるものがあるだろう▲「仏壇に水を供えたい」「アルバムと両親の位牌(いはい)を持ち帰る」「年賀状のファイルを取って来る」「猫を腹いっぱいにしてやりたい」……一時帰宅の先陣を切った住民の声である。今後、一時帰宅する住民の中には津波で行方不明の肉親の写真を取りに帰る人もいる▲原発周辺住民だけでない。この震災では津波に流された自宅の跡で肉親や知人の写真やアルバム、位牌などを探す人々の姿が心に刻まれた。災害で奪われた未来、ばらばらにされた過去と現在とをつなぎ合わせ、人々が自らの人生を取り戻すよすがとなる品々である▲「いちばん必要なものは忘れやすいものである」は先の証言集の言葉だ。人にとって本当に大切なものとは何かに改めて思いをめぐらす震災2カ月後である。

毎日新聞 2011年5月11日 東京朝刊

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