Thursday, April 7, 2011
07/04 POINT OF VIEW/ Takeshi Soga: Where is the leader to offer a powerful vision of reconstruction?
Takeshi Soga (The Asahi Shimbun)
During the past few weeks, while Japan has experienced the horrendous triple disasters of earthquake, tsunami and nuclear crisis, I have been amazed at the encouraging and uplifting power of simple, heartfelt words.
Take the pledge of fair play made by Shinsuke Noyama, captain of Soshi Gakuen High School from Okayama Prefecture, at the March 23 opening ceremony for the 83rd National High School Baseball Invitational Tournament held at Koshien Stadium in Nishinomiya, Hyogo Prefecture.
"Ganbaro, Nippon!" (Let's hang in there together, Japan), Noyama said. "We pledge to play fair and with all our might, while grateful for the lives given to us."
Emperor Akihito, in his video message to the nation on March 16, said, "It is my heartfelt hope that the people will continue to work hand in hand, treating each other with compassion, in order to overcome these trying times."
These are words of pledge and prayer. Brief, plain and to the point, they are deeply touching.
Yet our political leaders have yet to offer a single convincing statement about the disaster that strikes an emotional chord in the hearts of the people.
Prime Minister Naoto Kan said recently, "Whether we Japanese can overcome this crisis, that's a question posed to each and every one of us, I believe."
That was no pledge, nor did it offer a prayer. Was this question aimed at the public, or a rhetorical attempt to raise an issue? I have no idea.
Indeed, politicians and bureaucrats involved in the relief and recovery efforts are struggling over what and how much they should say in public.
"If we were to publish all information under the assumption that the worst could happen, not only the prime minister's office, but also the public would become upset," said one bureaucrat working to contain the nuclear crisis and prevent economic damage due to wild, unfounded rumors.
"If, however, we withhold certain information, we would, of course, lose our credibility when it finally is revealed. This crisis has made very clear to us, for the first time ever, how difficult it is to disclose information in such a way as to not panic the public amid such extraordinary circumstances," the bureaucrat said.
A midranking member of the opposition Liberal Democratic Party who is involved in developing a national reconstruction plan, faces another sticky dilemma.
"On one hand, if we don't learn the lessons of past major disasters like the Great Hanshin Earthquake (in 1995), we could end up with an unworkable plan," the LDP lawmaker said.
"But on the other hand, if we rely too much on past experiences, we won't be able to speak effectively about our responses to this unprecedented disaster, and we won't be able to use our imaginations (to improve the current crisis response)."
Since this is an unforeseen challenge for the nation, there is no immediate answer to such questions.
The public communication dilemmas facing politicians and bureaucrats are clear evidence that the March 11 triple disasters have badly shaken the foundation of this nation's political culture.
All this reminds me of comments that Izuru Makihara, a Tohoku University professor of political science, said in a debate published in the vernacular Asahi Shimbun opinion page just before the political regime change in 2009.
The Democratic Party of Japan, which was just about to usurp the LDP, should focus on how to "create a vision that appeals to voters" and "fit its policy agenda to that vision," Makihara said.
Individual policy initiatives and financing plans are only "parts of the political road map," he argued.
Makihara's observation is even more relevant today. Election manifestoes have lost their power to persuade. Making simple lists of numerical targets is passe.
Instead, political parties and politicians need to start shaping a new vision for this nation's future in their postquake rebuilding plans for eastern Japan, a powerful and persuasive goal for the 21st century.
Of course, a picture is worth a thousand words. The harrowing videos and photos of what happened in the quake and tsunami areas were far more effective than any words in making us grasp the horrifying scale of the devastation.
The only way to enable the people to envision a post-reconstruction future for this nation is to craft an imaginative and powerful plan for rebirth.
The nation is waiting to hear the voice of a great orator describing that future.
* * *
Takeshi Soga is a senior staff writer of The Asahi Shimbun.
07/04 死者1万2608人、不明1万5073人 7日16時
警察庁によると、東日本大震災による7日午後4時現在の死者数は12都道県で1万2608人にのぼった。行方不明は6県で1万5073人。負傷者は18都道県で4222人。
死者数は宮城7680人、岩手3699人、福島1168人、茨城22人、千葉18人、東京7人、栃木と神奈川で各4人、青森3人、北海道、山形、群馬で各1人。
行方不明となっているのは宮城6646人、岩手4472人、福島3951人、千葉2人、青森、茨城各1人。
建物被害は全壊4万6017戸、全半焼295戸など。道路損壊は2126カ所にのぼる。
岩手、宮城、福島の3県で検視を終えた遺体のうち、身元が確認されたのは1万427人。身元不明は2093人。遺族に引き渡された遺体は1万267人、身元不明のまま、遺体が発見された自治体に引き渡されたのは441人となっている。
07/04 原発20キロ圏、立ち入り禁止検討 一時帰宅容認も
原発20キロ圏、立ち入り禁止検討 一時帰宅容認も
菅政権は福島第一原発の事故で避難指示が出ている半径20キロ圏内を現行より厳しい立ち入り禁止の「警戒区域」にした上で、住民に対し、例外的に一時帰宅を認める方向で最終調整に入った。一時帰宅は警察官や自治体職員が同行した短時間となる見通し。震災発生1カ月の11日前後をめどに最終判断する。
枝野幸男官房長官は7日午前の記者会見で、周辺住民の一時帰宅について「貴重品や生活に必要なものを持ち帰りたいという要望は従来から承っており、できるだけ実現できる方向で検討している」と語った。さらに「長時間ではなく、自宅で最低限のものを取りに行っていただくことで検討している」とした。
原子力担当相を兼ねる海江田万里経済産業相も6日、自民党原発事故被害特命委員会の額賀福志郎委員長と会談。住民の一時帰宅を要望した額賀氏に、海江田氏は「住民の切実な思いは理解しており、安全管理をしっかりした上で対応したい。1カ月を過ぎたころを念頭に対応措置を考えていきたい」と述べた。
半径20キロ圏内では、原子力災害対策特別措置法に基づく避難指示を出している。ただ、住民の一時帰宅の動きが続き、福島県は国により厳しい規制を要望。枝野氏は7日の会見で「警戒区域をやるかどうかも詰めている」と語り、災害対策基本法に基づく立ち入り禁止の「警戒区域」に切り替えた上で、一時帰宅を例外的な措置と位置づけて認める方向だ。
また、半径20~30キロ圏内で出している屋内退避指示も、積算放射線量をもとに新基準をつくり、より厳しい避難指示に切り替えることを検討している。
07/04 女川原発襲った津波は13m、想定を4m上回る
東北電力は7日、女川原子力発電所(宮城県女川町、石巻市)で観測された3月11日の津波の高さが約13メートルに達し、想定の9・1メートルを超えていたと発表した。
同原発の敷地は地震後1メートル沈降して海抜が13・8メートルとなったが、敷地の浸水は免れ、全3基が冷温停止している。
また、地震の揺れも、耐震設計の想定をやや上回る観測値があった。地震計の記録を分析した結果、3号機の原子炉建屋地下では最大加速度573ガルを記録。2006年の耐震指針改定に伴い、耐震性を再検証した想定は512ガルだった。
(2011年4月7日16時21分 読売新聞)
07/04 体調不良で入院の東電・清水社長が職務復帰
同日午前から東京・内幸町の東電本店に出社し、不在中の福島第一原子力発電所の事故への対応を確認したほか、福島原子力被災者支援対策本部の本部長として、今後の被災者支援のあり方について関係者と協議した。
清水社長は3月29日夜、極度のめまいと高血圧で容体が悪化し、都内の病院に入院。体調が回復したため、6日に退院し、翌7日に職務復帰した。
清水社長の不在中は勝俣恒久会長が福島第一原発の事故への対応などで指揮を執り、3月30日には記者会見を開いて陳謝していた。
(2011年4月7日16時42分 読売新聞)
06/04 10メートル防潮堤を越す津波、間近で撮影 岩手・田老地区
畠山昌彦さんが至近距離から撮影した、高さ10メートルの防潮堤を乗り越え民家に襲いかかる津波=3月11日午後3時すぎ、岩手県宮古市田老地区“万里の長城”とも言われ全国的に有名な岩手県宮古市田老地区の防潮堤(高さ10メートル、総延長2433メートル)を津波が乗り越える様子を、漁協職員の畠山昌彦さん(43)が約15メートルの至近距離で撮影していた。
畠山さんは「映画のよう。あまりに現実感がなく逆に恐怖を感じなかった」と振り返った。
3月11日、防潮堤近くの鉄筋3階建て漁協事務所で地震に遭遇。女性職員らを高台に避難させた後、事務所に居残った。
地震の約20分後、漁港の船数十隻が渦を巻くように沖に流されていった。「津波が来る」。一度は防潮堤の上に立ったが、消波ブロックを大津波が乗り越えているのが見え、急いで事務所3階に戻った。
十数秒後には波が事務所前の防潮堤に迫り、慌ててシャッターを切った。津波は防潮堤を乗り越え、事務所の2階まで浸水したが、建物は流されなかった。
07/04 誰にも言えない不安や愚痴を吐き出すトピ
誰にも言えない不安や愚痴を吐き出すトピ | クレセントムーン | 2010年8月11日 11:21 |
いつも楽しく色々なトピを拝見させて頂いています。 ユーザーID:2232848302 [説明] お気に入り登録数:670
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07/04 海外の大衆紙、恐怖心あおる誇張報道
3月15日付の英大衆紙サンは1面トップ記事で「数千人が放射能漏れを恐れ、東京から脱出を開始」と仰々しく伝えた。
別の英大衆紙デイリー・メールの3月16日付1面の見出しは「核パニックにとらわれた国」。「日本の核危機は制御不能」などと書き立て、白いマスクをつけて涙を浮かべる女性の写真を添えた。日本で花粉症対策のマスクは珍しくないが、あたかもマスクで放射能汚染をしのいでいるかのような印象だ。
低濃度の汚染水が海に放出されたことを伝えた今月6日付独大衆紙「ビルト」は、見出しで「日本人は太平洋全部を汚染するのか?」と憤りを示した。読者はこの見出しを見ただけで、とめどない汚染の拡大を連想してしまう。
(2011年4月7日12時26分 読売新聞)
07/04 1号機、窒素注入続く…放射線量は変化なし
作業に伴って、格納容器内の放射性物質を含んだ蒸気が外部へ漏れ出す恐れがあるため、東電は周辺の放射線量などを監視しながら慎重に作業を進めている。2、3号機でも準備ができ次第、実施する方針だ。
東電によると、1号機への注入は、6日夜にいったん開始したが、配管から窒素が漏れているのが分かったため、配管を点検した後の7日午前1時半頃から注入し直した。6日間かけ、最大約6000立方メートルを注入する。
1号機から西に約1キロ・メートル離れた同原発の西門で測った放射線量は、窒素注入前の7日午前0時に毎時59・4マイクロ・シーベルト。注入が始まった後の同8時では同58・5マイクロ・シーベルト。注入作業の前後で大きな変化はなく、作業による格納容器からの放射性物質の漏えいはないとみられる。
(2011年4月7日12時05分 読売新聞)
07/04 汚染水放出に各国懸念…原子力再検討会議
各国からは、本来の議題から離れ、福島第一原発で低濃度の放射性物質を含む汚染水を放出した問題で懸念が表明されるなど、同原発の事故に絡む質問が相次いだ。日本の関係機関による情報伝達の遅れへの各国の不満を背景に、日本に注がれる厳しい視線を浮き彫りにした形だ。
分科会は報道陣に非公開で開かれ、詳細なやりとりは不明。会議終了後に日本メディアに対して記者会見した経済産業省原子力安全・保安院の中村幸一郎審議官によると、分科会では同審議官が、日本の原子力安全規制状況や、福島第一原発事故を受けた日本の他の原発での緊急時対策の強化などを説明した。放射性物質を含む汚染水の放出問題については、日本側が取り上げなかったものの、出席国から「懸念を持っている」との声が上がったという。
(2011年4月7日11時50分 読売新聞)
07/03 築地市場困った…風評被害も心配
ほかの魚の取引にも影響が出ており、仲卸業者たちは「風評被害が心配」と話している。
築地場外市場のつくだ煮販売会社「つくはん」には、5日から取引先のスーパーやデパートから産地を証明する書類を求める電話などが相次いだ。「茨城県のコウナゴはシーズンが始まった時期に地震があり、入荷は全くないのに」と堀田薫社長(61)はため息をつく。現在、市場に流通しているのは愛知、三重県産。「今年は西日本が豊漁で、茨城以北のものがなくても十分に足りる」とするが、「放射能という言葉が独り歩きして買う人がいなくなるかもしれないと思うと怖い」と話す。
一方、築地市場のある仲卸業者は取引先のホテルから千葉県で水揚げされたマグロは買わないと通告されたという。築地市場の卸売会社社員は「茨城県沖などで取れた魚介で、放射性物質の検査がされていないものは、買い手がつかないだろうから今の時期、扱いにくい」と話した。
(2011年4月7日10時38分 読売新聞)
07/04 原発事故に敏感、外資系社員帰国の動き
情報技術(IT)システム構築などを手がけるタタ・コンサルタンシー・サービシズ・ジャパン(横浜市)は震災後、大半のインド人社員を帰国させた。今も数十人がインドにとどまったままだ。社員を戻すかどうかは「原発事故の行方を見ながら、本社の決定を待つ」と説明する。
独フォルクスワーゲン(VW)の日本法人フォルクスワーゲン・グループ・ジャパン(愛知県豊橋市)は、本社から出向中の外国人社員12人のうち9人が帰国した。チェルノブイリ事故の記憶が残る欧州の社員は「原発事故の影響に非常に敏感」(関係者)といい、帰国した社員はドイツにとどまったままだ。
物流にも影響が出ている。外国コンテナ船が原発事故による影響を懸念して、日本への寄港を避ける動きが出ており、国土交通省によると、東京港や横浜港への寄港を見送った外国のコンテナ船は3日時点で計27隻に上った。
ただ、いったんは本国に帰国させた社員を呼び戻したり、本社機能を東京に戻したりする企業も出始めている。
たばこ大手フィリップ・モリス・ジャパン(東京都)は本社機能の一部を大阪に移したが、3月24日には東京に戻した。ソフトウエア開発大手のSAPジャパン(東京都)も震災後に一部の外国人を海外に帰国させたが、全員が日本に戻った。家具販売大手イケア・ジャパン(千葉県船橋市)も、震災後、いったん本部機能を神戸市に移し、約60人の外国人社員を香港などに移動させたが、現在はほぼ震災前の業務体制に戻した。
(2011年4月7日09時46分 読売新聞)
07/04 「窒素注入」苦渋の決断、放射能放出の危険
水素爆発を防ぐため、東京電力は福島第一原子力発電所1号機の原子炉格納容器に窒素を注入する作業を始めたが、注入によって高濃度の放射性物質を含む水蒸気が格納容器から漏れ出す危険性もある。大きな事故を防ぐための手段とは言え、「苦渋の決断」が続く。
水素は、高温になった核燃料棒の被覆管(ジルコニウム)が水蒸気と反応して生成するほか水が放射線で酸素と水素に分解されてできる。原子炉内は燃料の一部が露出したままで放射線量も高く、水素は生成し続けている。外側の格納容器にたまった水素の濃度は現在1・5%になっている。
水素の濃度が4%以上になると、酸素と反応して爆発を起こす危険性がある。同原発でも先月12、14日に1、3号機で相次いで水素爆発が起きた。いずれも原子炉建屋での爆発だったが、もし格納容器で爆発が起きれば、原子炉も損傷して大量の放射性物質が拡散する最悪の事態になりかねない。
今回の注入は、反応性が低く安定な窒素で、水素と酸素の濃度を薄めて、爆発を避けるのが狙いだ。
しかし、1~3号機の格納容器の圧力は低下しており、隙間があいている可能性が高い。実際に、原子炉内から漏れたたまり水も見つかっている。
東電は格納容器の圧力や放射線量を監視しながら、格納容器の体積とほぼ同じ6000立方メートルの窒素を注入するとしているが、放射性物質を含む水蒸気が、押し出されるように放出される危険は避けられない。
「気密性が完全ではなく、放射性物質が漏れる可能性はあるが、より大きな事故を防ぐために必要な措置」。東電の松本純一原子力・立地本部長代理は理解を求めた。東電は、1号機に続き、2、3号機でも窒素注入を行う予定だが、両号機の格納容器の圧力はほぼ大気圧にまで下がっており、注入で放射性物質が漏れ出す危険性は1号機よりも高い。
(2011年4月7日08時16分 読売新聞)
07/04 汚染水放出の連絡なし、政府・東電へ批判噴出
全国漁業協同組合連合会の服部郁弘会長らは6日、東京・内幸町の東電本店を訪れ、事前連絡が一切なかったことについて、勝俣恒久・東電会長に対し、「漁業関係者の存在を無視した許し難い行為だ。無責任な対応に強い怒りを抱いている」と抗議。漁協関係者の間では、「政府も東電と同罪だ」との声が出ている。
「各党・政府震災対策合同会議」の実務者会合でも、野党から政府への批判が噴出した。自民党の西村康稔衆院議員は「事前に自治体や諸外国に根回しが必要だった。菅首相が(放出について)説明してもいい話だ」と強調した。
外務省は、今回の放出に韓国やロシアなどが「事前に正式な連絡がなかった」「無責任だ」などと日本批判を強めていることを受け、各国に対し、個別に放出の経緯や科学的影響の説明を開始した。
(2011年4月7日01時27分 読売新聞)
06/04 水素爆発阻止、1号機格納容器へ窒素注入作業
東京電力は6日午後10時半、福島第一原子力発電所1号機の格納容器で水素爆発が起きるのを防ぐため、格納容器内への窒素ガスの注入作業を始めた。原子炉等規制法第64条に基づく緊急措置。1~3号機では原子炉内の核燃料の70~25%が損傷しているとみられ、格納容器内では高い放射線量も依然検出されており、復旧作業は困難を極めそうだ。
東電などによると、1号機では、原子炉の圧力容器内で核燃料棒を包む被覆管のジルコニウムが熱で損傷、水蒸気と反応するなどしてできた水素が外側の格納容器内に漏れ出ている可能性が高い。
水素の濃度が4%以上、酸素が5%以上になると、水素と酸素が結びついて爆発を起こす恐れがあるため、あらかじめ窒素を注入し水素濃度を下げて爆発を防ぐ。ただし、窒素注入すると、格納容器内の放射線量の高い水蒸気が配管の継ぎ目などから押し出されて外に漏れてしまうため、慎重に作業を進めている。
(2011年4月6日23時21分 読売新聞)
07/04 酒井法子、突然北京に…芸能界復帰への布石?
酒井法子2009年に覚せい剤取締法違反で有罪判決を受けた女優、酒井法子(40)が6日、絶大な人気を誇る中国を電撃訪問した。薬物犯罪防止のPR活動に出演するための訪中とみられ、09年8月の逮捕以来となる芸能界復帰に向けての足がかりのようだ。(サンケイスポーツ)
前所属事務所によると、今年1月上旬、酒井に中国の公的機関からPR活動への出演依頼が届いた。前事務所側が「芸能界復帰ではなく、ボランティア活動ならば」と酒井側に話をつなげ、本人が出演を承諾。今回の訪中が実現した。
北京空港に降り立つ姿をスクープしたテレビ朝日系「スーパーJチャンネル」の報道によると、酒井は現地時間午後1時半に到着。グレーのワンピースでロビーに現れ、「ずっと応援しています!」と日本語で書かれた横断幕を手にした現地のファンら約200人に笑顔で手をふった。
報道陣から日本語で「(薬物犯罪に関する)自分の経験を生かせそうですか?」と聞かれ無言を通したが、「中国のファンに出迎えられて、どうでしたか」の質問には、「本当にうれしかったです」とこたえた。
酒井は1990年の台湾進出をきっかけに中華圏で人気者となり、95年には中国本土でも放送された主演ドラマ「星の金貨」の主題歌「碧いうさぎ」が大ヒット。逮捕された際は、「中国で芸能界復帰して」という声がネットで多数寄せられた。
ある関係者によると、日本で新しい芸能事務所に所属し、5月に開催されるファッションショー「東京ガールズコレクション in 北京」に出演するとの情報もある。のりピーが芸能界復帰へ、いよいよ動き出したようだ。
執行猶予3年の酒井だが、元東京地検特捜部副部長の若狭勝弁護士によると「パスポートを持っていれば出国は可能。ただ、薬物犯罪に厳しい国では入国審査の段階で拒否されるケースもある」と語る。中国は最高刑に死刑を規定する薬物犯罪に厳しい国だが、今回の渡中について前所属事務所は「中国政府からの公式招待を受けている」と話している。