Monday, March 21, 2011

16/03 asahishimbun - 天声人語

2011年3月16日(水)付

 ダモクレスの剣の故事は、繁栄を脅かす危機のたとえだ。王の椅子に座ったダモクレスの頭上に、天井から髪の毛1本で剣がつるされる。いつ切れるやも知れない。ケネディ元米大統領が演説で核戦争の恐怖になぞらえ、よく知られるようになった▼同じ核分裂を原理とする原発も、その危うさを「頭上の剣」と見る向きがあった。細い髪の毛はいま切れかかっているのか。東京電力の福島第一原発が地震で深刻な事態に陥っている。コントロールを失う中、桁違いの放射能が観測された▼これまで「原発の二大事故」は、米国のスリーマイル島とソ連のチェルノブイリだった。こののち、フクシマを含めて「三大」となるのは現時点の規模でも間違いない。この一文を書いているいま、最悪を防げるかどうかの瀬戸際が続いている▼日本の原発は二重の意味で頭上の剣だった。なにせ地震大国である。地盤の悪い立地を危ぶんだ「豆腐の上の原発」という表現もあるほどだ。列島上にゆらゆらと、54本の剣がつり下がっている図を、あらためて思えば背筋が寒い▼まことしやかに「安全神話」などと言う。だが神話の数だけ崩壊の悲劇があった。ジャンボ機の神話崩壊は今も記憶に新しい。そしてテレビ越しに感じる東電の企業風土は、当時の日航にどこか通じる。正体見たりの印象が強い▼〈生活の光熱の遠きみなもとに大き異火(ことひ)の燃えやまなくに〉。小紙歌壇の選者、高野公彦さんの歌だ。異火とは原子の火。畏怖(いふ)に満ちた言葉である。固唾(かたず)をのんで最悪の回避を祈るほかない。

No comments:

Post a Comment